鹿児島地方裁判所 昭和26年(行)2号 判決 1953年1月13日
主文
被告が昭和二十六年五月三十日裁決第一四三三号を以つてなした別紙目録記載の土地につき高城村農業委員会の定めた未墾地買収計画に対する不服の原告の訴願を棄却する旨の裁決は、これを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「主文と同趣旨」の判決を求め、
その請求原因として、
「訴外高城村農業委員会は昭和二十六年二月二十七日原告所有の別紙目録記載(以下単に目録という)の土地につき、その(一)を自作農創設特別措置法(以下単に自創法という)第三十条第一項第一号該当土地、その(二)を同法同条項第三号該当土地として未墾地買収計画を定めたので、原告はこれに対し同年三月十八日同委員会に異議を申立たがこれを棄却せられ、更に同年四月十八日被告に訴願したところ、同年五月三十日裁決第一四三三号を以つてこれを棄却せられた。しかし、被告のなした右裁決には次の違法が存する。
そこで、まず、目録記載の土地の来歴を略述する。右土地は海に接し古く明治以前からの塩田で、藩主島津氏が製塩をなしていたものであり、従つてその字名も塩浜と名付けられたという沿革をもつ。原告の先代亡神崎栄次は明治四十年頃当時塩田として使用されていた右土地を買受け、これを農地化する意図の下に、明治四十二年頃から大正六、七年頃までの長年月にわたつて、他より表土を搬入し且つ右土地の北側を流れる湯田川に巾五間、長さ約四丁に及ぶ堤防と水門を二箇所に設ける等当時約金二十万円の巨費を投じてようやく水田としたのであるが、何分にも満潮時海面が土地より約六尺も上位にある関係等からして塩害や雨量による水の過不足の及ぼす影響が普通田に比し大きく作用されること、塩田跡のため労力に比し収穫の少いこと、その他の悪事情から収穫は挙らず、その上収穫米は外米のごとくに品質が劣り、その故に当初は小作希望者さえなく結局水田化は失敗に帰し、以後製塩せざる塩田として放置されそのまま荒廃するにまかされていた状態であつた。ところが、今次の戦時戦後の塩不足のため県当局の塩の自給生産の方策及びその指導に応じ、又も製塩施設としてその本来の姿において使用されるに至つたのである。すなわち、原告は昭和二十年六月訴外高城製塩株式会社に対し、目録(一)の(2)乃至(7)((7)に除外部分を含む全土地)(二)の(7)乃至(18)の土地を賃貸し、同会社は右(一)の(2)(6)(7)の土地を宅地としその余を塩田として製塩業を営み、又昭和二十一年四月二十日訴外薩摩郡農山町村協同自給製塩聯合会に対し、目録(一)の(1)、(二)の(1)乃至(4)(元二番の一原野四町二畝二十三歩の一筆を買収にあたり以上に分筆)の内三町四反二畝二十九歩(分筆後の(一)の(1)の一部分にあたる)と(二)の(5)(6)の土地を賃貸し、同聯合会は該土地を塩田として製塩業を営み、なお、右四町二畝二十三歩の内賃貸部分以外の土地は、内一反七畝二十四歩を農地として訴外桐原ミヅに耕作せしめ、三反一畝と一反一畝を何れも池として使用していたが、その後右会社と聯合会は昭和二十二年自給製塩の廃止により製塩業を廃止した。次で、その後原告は訴外薩摩製塩協会に対し、右聯合会に賃貸していた土地全部を賃貸し、同協会は昭和二十二年二月十五日専業製塩許可を得た上、爾来引続き右三町四反二畝二十九歩を塩田、ただその内一部を工場敷地として製塩業を営み、現にこれを継続しているのであり、又前記会社に賃貸製塩に使用せしめていた土地はその廃業後荒廃にまかされていたが、元来が塩田としては好適な条件にある関係で、右協会の事業拡張のために、昭和二十六年四月二十日同協会に対し右土地を賃貸し、同協会においては将来塩田使用の目的で現在前記使用塩田の附属地として使用しているのである。
以上の事実を前提とするとき、前示買収計画には次の点において違法が存在するのである。
まず、目録(一)の土地に対し、
その一として、右土地は自創法第三十条第一項第一号該当土地いわゆる開発適地ではない。右にいう土地とは結局未墾地のことであり、しかも同法によつて買収するのは、その中で農地に開発しようとするものすなわち開発して農地にしようとする未墾地のことであり、従つてその性質上主として原野と平地の山林に限られるのである。ところが、現に前記製塩協会が使用している三町四反二畝二十九歩は地目こそ原野であるがその実質は塩田であり、目録(一)の(2)乃至(7)の土地はその製塩施設で(2)(6)(7)の土地には現に家屋が存在し人が居住しているもので、これは何れも塩専売法による製塩許可を得ているのであるから、該許可の取消のない限りこの土地を農地に開発できないのである。何故ならば、右許可の取消のない限りこの土地での製塩許可は消滅しないのであり、製塩施設が未墾地として買収されてもその許可に何等の影響を及ぼさないからである。又これが塩田である限り、買収地が売渡されたとしても昭和二十七年七月十五日施行の製塩施設法が適用されるので、これが買受人は単にその所有権を取得するに過ぎず、未だこれが引渡しを受けていないのであるから同法第十二条、第十七条の適用上直ちには農地としての使用は許されないのである。更に、一方右土地が元来の塩田であると共に現に塩田等の製塩施設として使用されているのであるからこれをそのままの状態で農地とすることは不可能であり、いきおい農地化するためには余程の土地改良を要し、殊に前敍の塩害を防止するためには絶対に表土を必要とするのであるが、この表土がその近くに全然存在しないので、これが開発には莫大な費用を要するばかりでなく、たとえ開発し得たにしてもその収穫は到底期待し得べくもないのである。以上のことからして、かかる土地は当然に開発適地であるとはいいえない。
その二として、自創法第三十条第一項によつて未墾地を買収し得るためには、右の開発適地の要件を必要とする外に、(イ)、なお自作農を創設し又は土地の農業上の利用を増進するために、その土地を買収して農地開発を行う必要があること、(ロ)、その上右の必要と現にその土地が利用せられている目的とを比較衡量して、なお農地とする方が正当であると認められる程度のものでなければならない。ところが前示買収においては右の何れにも該当しないのである。その所以は、塩は人類生活に不可欠のものであり、現下我が国の塩の生産は到底国内需要を充たすに足らず、その需要年間二百万噸の七十五パーセントを外国から輸入している現状であるが、最近の国際情勢及び国内経済事情はこれが輸入必らずしも許されない実状で、従つて国としても製塩業者に対し多額の補助金を交付するの外、製塩施設法を公布施行して製塩施設の保全その他塩の生産を確保するための措置を講じているのである。而して、右土地が元来の製塩施設で今も現にそうであることは前記のとおりで、塩田としては県下有数の立地条件にあり、右製塩協会は製塩のため国から金四十万円の補助を受けてこれに当り、従つて日本専売公社は当初から前示買収に反対し、それのみかかえつて高城製塩株式会社の塩田跡をも塩田化を企図しているのである。これに対し、右土地を一時農地化しようとしたがその目的を達せず遂に再び塩田化し、現に製塩施設として使用されていること、従つて今日これが農地化のためには大規模な土地改良を必要とすることは何れも前記のとおりである。すると右土地改良に要する経費が莫大な金額に上ることは必定であり、これはすべてその土地買受人自らの負担に俟たねばならないのに、その買受人たらんとする農民は何れも零細農で到底その負担に堪えられないのである。たとえ相当の資本を投入して土地改良をなしたとしても、数年後にようやく収穫できるのであり、それでもなお潮害を完全に除去できるものではない。そうすると、右農民の支出は結局負債となり、その上将来必らずしも収穫を期待できないとするならば、やがて同人等は再び商業資本の餌食になつて農地放棄の運命に迫られるか、或いは農業経営を廃止し土地を荒廃にさらすの外はないことになる。なるほど、自由民主社会を建設するために、封建的土地所有制度を払拭し農地及びその利用上不可避の土地等を公平に再分配し、その経営を合理化し能率を増進し併せて食糧増産、人口収容力の増大を図り、未墾地を開拓しなければならないことは論を俟たないのであるが、他面さなきだに狭少な国土を利用して生活必需品たる塩の生産を増大せしめることも必緊事なのであるから、国家としてはこれ等を不可分一体にみて必らずや他に偏して一を忽にすることはできないのである。以上のとおりとするならば、右買収をなすことが自作農を創設し又は土地の農業上の利用を増進するために必要があるとはいいえないのみならず、むしろ前敍のごとき不安定な自作農を創設するよりは製塩施設の規模を大ならしめて農村工業化を促進し、同時に農村の過剰労力を活用して農家への現金収入の途を講じ、以つて堅実な農業経営を計らしめることが有利でもあるといえるのである。その上農地又は製塩施設としての各前記利用の目的、利益を比較衡量するとき、同土地を農地化することは、人類生活に絶対不可欠でしかも国内生産の不足を告げている塩生産のための貴重な国家資源を一朝にして喪失するのみのことで、他に何等の利益をももたらさないことが前記のとおりである以上、製塩施設としての利用がはるかに大であることは自ら明らかである。しからば、目録(一)記載の土地を買収できる要件を全然欠如することになるのである。
次に、目録(二)記載の土地に対し、
右に述べたとおり目録(一)記載の土地が買収できないものである以上、目録(二)記載の土地が自創法第三十条第一項第三号該当土地たり得るはずがない。しかも、同該当土地だという目録(二)の(1)乃至(4)、(6)(7)の土地は、前記製塩協会が現に使用している塩田であり、(5)、(8)乃至(17)の土地はその製塩施設として使用し、殊に(5)の土地には同協会の事務所及び工場が存在し、(17)の土地には現在家屋が存在して人が居住しているのであるから、目録(一)の土地と併せて開発するを相当とする農地又は牧野には該当しない。しからば、目録記載の土地を買収できる根拠は全然存在しないのである。
以上のとおりであるので、目録記載の土地につき買収計画を定めたのは違法であり、従つてこれを正当であるとして認容し原告の訴願を棄却した被告の前示裁決も亦違法で取消さるべきものである。よつてその取消を求めるため本訴請求に及んだ。」と陳述した。
(立証省略)
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、
「原告主張事実中、高城村農業委員会が昭和二十六年二月二十七日原告所有の目録記載の土地につき、その(一)を自創法第三十条第一項第一号該当土地、その(二)を同法条項第三号該当土地として未墾地買収計画を定めたこと、右買収計画に対する異議申立から訴願棄却の裁決があるまでの経過が原告主張のとおりであることは認める。而して、高城村農業委員会は本件土地につき、その近隣の耕地事情、位置、地勢、耕地沿革、既存耕地面積及びその営農実績、荒廃地面積、塩田面積及びその製塩実績等諸般の事情を調査し、既存設備を利用し且つ土地改良事業の推進により容易に耕地化できる開拓適地にして、自作農を創設しその農業上の利用を増進せしめる必要を認め、自創法第三十条第一項に則り買収計画を定めたもので、被告は原告の訴願により実地につき精査を遂げた結果、右買収計画を適法且つ正当と認めて本件裁決に出でたものでその間毫も違法の点は存在しない。なお、原告の主張事実中右被告主張に反する点はこれを否認する。従つて原告の本訴請求は理由がなく棄却を免れない。」と陳述した。
(立証省略)